2018/02/09

ファッ、、、と息を吸い込んでいるうちに2月。
まったく時間とは呪い、あるいは救いのように過ぎていくものだ。寂しい時間は救いのように、楽しい時間は呪いのように、どちらも同じく等しい速度で過ぎ去る。
ここ最近は、特に書くほどのこともなかった。フガフガしながら仕事をしていた。フガフガ仕事の合間に、実家に帰省した。家族が大好きだ。それは、わたしが、思春期から20代半ばまでの期間、ひどく不運だった時期に、変なひねくれ方をして、家族とうまく接することができなかったからだ。その年月を取り返そうとして、いま、過剰なまでに家族を大好きになっているんだと思う。
あの時期を思い出すと重苦しい気持ちになる。グレーがかった色味の乏しい記憶。何もかもうまくいかなかった。家族との衝突、些細な怪我や病気、精神失調。ひとつひとつなら大したことはなかったかもしれないが、全てが絶妙に最悪の噛み合わせで進んでいた。
そんな日々のなかで起きたこと。
真夏。戸外。午後。わたしはヒールの高いサンダルを履いて、踏切を渡ろうとしていた。風はなく、静まり返って、ただ暑かった。腕や足のところどころは蚊に喰われ、そこいらじゅう痒くてべたつき、途方に暮れるほど不快だった。
苛々しながら踏切の中へ進んだとき、不意につまづいて前のめりに転んた。熱せられた地面に突いたひざが焼けるようだった。上体を起こして振り向くと、線路の隙間にヒールが嵌まっていた。引き抜こうとしたが抜けない。手間取っているうちに、踏切が鳴り、遮断機が降り始めた。ぎくりとして静止し、そのあと少し呆然とした。
このところ運が悪いとは思っていたが、ここまでされなくてはいけないほど、わたしが何をしたというんだ、と思った。怒りとか悲しみとか憎しみを通り越して、ただぽかんと、呆れたような気持で。
一番不運だったあの時期を思い出すときには、象徴のようにこの出来事を思い出す。
風ひとつない午後、うんざりするような陽射し、そこいらじゅう痒くてべたついた皮膚、掌に感じた熱いざらざらの地面、頬から唇にかけて斜めに口をふさぐように貼りついた髪、蝉の声、踏切の音、幕の下りるようにゆっくりと下りてくる遮断機の棒。
そんな時期を過ぎて、今は幸福だ。ヒールのある靴は二度と履かない。家族とも仲良し。家族とはこんなにいいものであったかという驚きと、もっと早く家族のよさに気づいていればよかったという悲しさがある。願わくば、家族には、わたしよりも一日でも長生きをしてほしい。生きている人を愛することは悲しい。いつか必ず別れなければならないからだ。歪んでいるかもしれないが、新しく知って、好ましく思った著名人や俳優や作家が故人だと安心する。今後二度とその人を喪うことがないからである。

と、ここまでを3日前に書いたが、その後、苛烈に仕事に追い立てられて、続きを書く暇がないまま放置してしまった。何を書きたかったんだか忘れてしまったけれど、まあいいか。
今夜もとても寒い。今はストーブを引き寄せて、毛布を羽織って、自宅から徒歩5分のところに新しくできるフィットネスクラブの先行入会手続きをしたところ。今通っているフィットネスクラブは今月で退会する。29歳から通っているから5年通った計算になる。懐かしいと思う日がくるんだろうか。いつか忘れたころに、更衣室やマシンエリアの光景を思い出して、はて、どこだったかな?と思うようなことがあるんだろうか。一人も友達はできなかった。作ろうともしなかったな。ひたすら壁や窓の方向を向いて、黙って走っていた5年間だった。

 

応募できそうな短歌の賞をふたっつ見つけた。うわあ、書こう、書こう。入賞しなくたっていい。書いていればいい。書けていれば幸せだ。

2018.02.09 Friday 23:25 | 平常運行でしょうよ。 | comments(0) | trackbacks(0)

Sponsored Links