2018/02/09

ファッ、、、と息を吸い込んでいるうちに2月。
まったく時間とは呪い、あるいは救いのように過ぎていくものだ。寂しい時間は救いのように、楽しい時間は呪いのように、どちらも同じく等しい速度で過ぎ去る。
ここ最近は、特に書くほどのこともなかった。フガフガしながら仕事をしていた。フガフガ仕事の合間に、実家に帰省した。家族が大好きだ。それは、わたしが、思春期から20代半ばまでの期間、ひどく不運だった時期に、変なひねくれ方をして、家族とうまく接することができなかったからだ。その年月を取り返そうとして、いま、過剰なまでに家族を大好きになっているんだと思う。
あの時期を思い出すと重苦しい気持ちになる。グレーがかった色味の乏しい記憶。何もかもうまくいかなかった。家族との衝突、些細な怪我や病気、精神失調。ひとつひとつなら大したことはなかったかもしれないが、全てが絶妙に最悪の噛み合わせで進んでいた。
そんな日々のなかで起きたこと。
真夏。戸外。午後。わたしはヒールの高いサンダルを履いて、踏切を渡ろうとしていた。風はなく、静まり返って、ただ暑かった。腕や足のところどころは蚊に喰われ、そこいらじゅう痒くてべたつき、途方に暮れるほど不快だった。
苛々しながら踏切の中へ進んだとき、不意につまづいて前のめりに転んた。熱せられた地面に突いたひざが焼けるようだった。上体を起こして振り向くと、線路の隙間にヒールが嵌まっていた。引き抜こうとしたが抜けない。手間取っているうちに、踏切が鳴り、遮断機が降り始めた。ぎくりとして静止し、そのあと少し呆然とした。
このところ運が悪いとは思っていたが、ここまでされなくてはいけないほど、わたしが何をしたというんだ、と思った。怒りとか悲しみとか憎しみを通り越して、ただぽかんと、呆れたような気持で。
一番不運だったあの時期を思い出すときには、象徴のようにこの出来事を思い出す。
風ひとつない午後、うんざりするような陽射し、そこいらじゅう痒くてべたついた皮膚、掌に感じた熱いざらざらの地面、頬から唇にかけて斜めに口をふさぐように貼りついた髪、蝉の声、踏切の音、幕の下りるようにゆっくりと下りてくる遮断機の棒。
そんな時期を過ぎて、今は幸福だ。ヒールのある靴は二度と履かない。家族とも仲良し。家族とはこんなにいいものであったかという驚きと、もっと早く家族のよさに気づいていればよかったという悲しさがある。願わくば、家族には、わたしよりも一日でも長生きをしてほしい。生きている人を愛することは悲しい。いつか必ず別れなければならないからだ。歪んでいるかもしれないが、新しく知って、好ましく思った著名人や俳優や作家が故人だと安心する。今後二度とその人を喪うことがないからである。

と、ここまでを3日前に書いたが、その後、苛烈に仕事に追い立てられて、続きを書く暇がないまま放置してしまった。何を書きたかったんだか忘れてしまったけれど、まあいいか。
今夜もとても寒い。今はストーブを引き寄せて、毛布を羽織って、自宅から徒歩5分のところに新しくできるフィットネスクラブの先行入会手続きをしたところ。今通っているフィットネスクラブは今月で退会する。29歳から通っているから5年通った計算になる。懐かしいと思う日がくるんだろうか。いつか忘れたころに、更衣室やマシンエリアの光景を思い出して、はて、どこだったかな?と思うようなことがあるんだろうか。一人も友達はできなかった。作ろうともしなかったな。ひたすら壁や窓の方向を向いて、黙って走っていた5年間だった。

 

応募できそうな短歌の賞をふたっつ見つけた。うわあ、書こう、書こう。入賞しなくたっていい。書いていればいい。書けていれば幸せだ。

2018.02.09 Friday 23:25 | 平常運行でしょうよ。 | comments(0) | trackbacks(0)

2018/1/30

1/28
同僚の結婚式に出席する日。
朝9時、予約しておいた美容室へ、着物一式提げて行き、着付け。
着付け師さんに、「お客様とってもお着物着せやすいです」と言われた。骨太で安定しており、ちっとくらい小突かれても締め上げられてもびくともしないからだろう。
初めての美容室で、初めての着付け師さんだったが、遠慮がちの着付けで、帯がゆるい感じがして気になった。
妹の結婚式の時に留め袖を着せてくれた着付け師さんは、紐の締め方、帯の結び方すべてが容赦なかったなあ。
「いいですかぁ、今から帯を結びますからね!両足踏ん張ってくださいよぉ!」って全身の力を込めて締めてくれた。
おかげでいくら動いても全然崩れなかった。あれくらいきつい着付けが好きだ。自分で着付けができるようになったら、いくらでも好きなようにできるんだろうなあ。
式場は横浜。道中寒くて困った。和装のコートでもあればよかったが、レンタルに含まれてなかったんだから仕方がない。しばらくすると慣れた。わたしは冷え性ではないし、寒さには強いのだ。
式は素晴らしく、花嫁は美しく、披露宴は豪華で、すべてがキンピカ、キラキラキンだった。人の結婚式に出席すると、楽しそうでいいなあ、という気持ちと、式まで挙げたらもう後戻りできないんだろうなあ、恐くないのかなあ、という気持ちを感じる。
式、披露宴後、夕方ぐらいに帰宅。
着崩れないかどうかの気疲れ、慣れない草履歩きの疲れ、乗り換え疲れ、寒さ疲れ、なんだかいろんな疲れが入り混じってわけのわからない状態に陥り、両眼を渦巻き状態にしつつ、掻き落とすように着物を脱ぎ捨て、布団をひっかぶって眠った。

1/29
妹と深大寺まで厄除けへ。今年、前厄なのだ。厄除料1万円払う。去年も来たっけな。去年は厄でもなんでもなくて、5千円払った気がする。厄除にもランクがあって、もらえる札の大きさが違うようだ。一番高いのは3万円。
妹と並んで座り、神妙に厄除けを受ける。
去年もそうだったが、ご祈祷を聞いている間は全身に鳥肌が立ち、透明な風(?)に上からすっぽり包まれている感じがする。
お札をもらい、そのまま妹宅にお邪魔して、20時頃まで妹と飲む。妹が鍋とアヒージョを作ってくれた。おいしい。人が自分のために作ってくれるご飯はおいしいものだが、妹は料理上手だからさらに輪をかけておいしい。
妹がいてくれてよかったと思う。30年以上、何度も何度も、そのたび初めて思うみたいに、驚きに満ちてそう思う。
この子にどれだけ救われたかわからない。この子がいなかったら、わたしは何も学ばず、何も知らず、何の喜びも知覚できないまま、豚のように生きていただろう。
21時、帰宅。少し飲酒。ああ脳が溶けそう。眠る。

1/30
実は今日まで3連休だった。だらーっとする。夕方までだらーーっとしたあと、いい加減輪郭が蕩けそうになったので身支度して外に出てみる。
野菜など買って帰宅。その後、ジムへ行く。今年のジム始め。走り初め。
年末年始の不摂生で、肥った上に筋肉が落ちたので、いつもより走るのが辛かった。無理しないように速度を調整しつつ、気のすむまで走った。
ああ走るのは、いい。
「なんでわたしばっかり」とか「どうせわたしなんか」とか「どうしてあの人は」とか、汚い暗い泡のように湧き上がってくる思考が全て霧散していく。空っぽになって一人になって息が苦しくなって足の裏が痛くなって、それでも走り続けていると、誰もいない遠いきれいな世界へ一瞬だけ行けるような気持がする。
走り終えたあと、書店でパンダの本を衝動買いしてしまった。
明日からしばらく残業続きだ。コンビニでお菓子買う。
職場にもランニングマシンがあって、残業中、走っていられたらいいのになあ。

 

2018.01.30 Tuesday 22:48 | 平常運行でしょうよ。 | comments(0) | trackbacks(0)

2018/1/25

1/22-1/23の日程で沖縄出張に行ってきた。上司同行。
どういうわけか最近非常に疲れやすく、着の身着のまま寝てしまう日が続き、前もって出張の支度をしておくことが全くできなかった。
そのため出発当日の午前3時に起きて、朦朧としたまま身支度。
服装については迷った末に、ボタンシャツ+ジャケット+ウルトラライトダウン+マフラーぐるぐる巻きというチョイスにした。
6時半、羽田着。ダウンとマフラーを早々にトランクに収納。那覇は21度だと言う。
上司と空港で落ち合い、3時間のフライト後、那覇着。
降りた途端、湿度の高い空気。しかし風が非常に冷たく、体感的にはダウンを着てちょうどいいくらいの気候だった。

3時間ほどの研修参加後、ホテルへ。
ホテルはハイアットリージェンシー那覇沖縄。もちろん特例。そもそも、この出張自体が急に決まったものであるうえ、宿泊しての出張というのが、弊社では異例中の異例だ。大体において、なぜわたしが上司との同行を命じられたのかも、今いちピンときていないのである。

ホテルの部屋はツインだった。上司は同性である。同性だが苦手なタイプである。その辺は割愛する。

夕食まで上司と国際通りをぶらつき、ブルーシールアイスを食べるなどした。
どこへ行っても外国人ばかり。日本人はどこにいるのだろうか。箱にでもしまわれてしまったのだろうか。

夕方から関東は大雪。
沖縄でも雪の様子ばかりがテレビに映っていた。
夕食をとりつつテレビ画面を見ていたら、お店のおばちゃんに、どこから来たか聞かれた。「東京です」と答えたら「東京はえらいことになっとるねー!帰れんかったらあんたがたここに住んでしまったらいいさあ!」と笑いながら言われた。ああ、そういうこともしていいのか、、、と思ったら、じんわりと救われたような気持になった。
21時頃にホテル戻り、酒を飲んだりして就寝。若い女の子がチェーンソーで次々に首を斬られていくという非常にスプラッタな夢を見た。

翌日は事前にアポイントをとっていた他社の視察。
沖縄における同業他社の施設見学や、運営についてお話を聞いたりするのは貴重な機会で、とても面白かった。東京も沖縄も、ところは変われど悩みどころや抱えている問題点、不満はほぼ同じで、「ああ!本当にそうですよね!うちもです!」と手を取り合わんばかりに盛り上がる場面が何度もあった。
視察のあとは上司と昼ごはんを食べたりお茶を飲んだり、ぶらぶら歩いたり。一緒にいすぎて、だんだん上司と血がつながっているような気がしてきた。苦手なところも克服できる気がしてきた。もちろん錯覚だと思うが。

帰りの飛行機の時間に合わせて那覇空港へ。飛行機が1時間半遅れと発覚。げんなり。
お土産を買うわたしと、休んでいたい上司とは、ここで別行動。わたしはお土産を買ったり、飛行機を見ながら缶ビールを飲んだりした。
20時、那覇発、22時半、羽田着。解散。帰宅。0時過ぎ。倒れて眠る。翌日からも普通に出勤。次の休みは今度の日曜だ。まだ体のどこかに沖縄のかけらをくっつけたまま仕事をしている気がする。


今度の日曜は同僚の結婚式だ。レンタル着物一式が明後日、届く。
去年、わたしが最もきれいだった日は、妹の結婚式で和服を着たときだったと思う。
今はだいぶ太ったし、髪も短くしてしまったので、ぜんぜんきれいではないけど、着物を着るのは楽しみだ。
せっかくなら着たいものを着ようと思い、ピンクっぽい柄を選んでしまったが、似合うだろうか。楽しみなような怖いような。微妙なところである。

 

 



 

 

2018.01.25 Thursday 23:58 | 平常運行でしょうよ。 | comments(0) | trackbacks(0)

2018/1/17

気づいたら2018年だった。
トンネルを抜けるとそこは雪国だった。みたいな唐突さだけれども、事実なのだから仕方がない。
年々、年越しをワクワクと待ち侘びる無邪気さというものがすり減っていくのを感じる。

大晦日は、実家にいた。家族で日帰り温泉に行き、帰宅した後はビールを飲みながらフライドチキン等のご馳走を食べ、茶の間のテーブルやなんかを取っ払って修学旅行みたいに一面に布団を敷いて、妹夫婦とわたしの3人で川の字になってクスクス笑いながら紅白を見た。楽しい年越しだった。でも、ただひたすらに楽しい感じではなく、底にひとすじ苦いものが流れているような、思い切りはしゃぎきることのできなような、そんな楽しさだった。
会うたびに妹は、薄皮をはぐように少しずつ少しずつ、「わたしの妹」から、「ひとの奥さん」に変貌していくように思える。

兄もわたしも妹も、子どもがない。そのせいだろうか、実家での年越しは、年々、静けさの密度を増していくような気がする。滅びへと向かう安らかで静かな食卓。そんな感じ。

子ども。子どもを持つとしたら、妹か兄だろう。
わたしにも子どもの一人くらいいれば、と夢想することはもちろんある。楽しい日々だろう。だけど、所詮は夢想だ。今の暮らしの中で、現実として、わたしが子育てをやれるとは思えない。経済的にも時間的にもゆとりは全然ないし、第一、誰の子どもを?まだ離婚はしていない夫の?夫以外の?夫以外の誰の?
突き詰めていくにしたがって話は面倒になってくるのである。それならもういいや、と諦めて考えないようにしている。
救いのように時間は過ぎて、与えられたことも与えられなかったことも、欲しかったことも欲しくなかったことも、そのうち等しくただの事象となり、忘れ去られてゆくのだろう。

で、年明け。
こちらに戻ってきてから、かつてないほどのホームシックに襲われた。
未来に光が見えず、絶望した気分で、実家に帰りたい、家族に会いたい気持ちで胸がいっぱいで、冗談じゃなく毎日泣きっぱなしだった。上野動物園のシロクマになった気分だった。
ああもうだめだ、寂しさで発狂する、と思った頃に仕事が始まり、その反動で、ホームシックはおさまった。仕事はきついからね。泣き言なんか言ってられない。今は平穏無事、全然OK、イエイイエイ、である。

最近あったこと。出張で沖縄に行くことになった。上司同行。一泊。憂鬱。
結婚式にお呼ばれし、和装で出席することにした。レンタル着物一式、および着付けの手配を済ませた。一応、いろいろ調べて、顧客満足度の高そうな大手メーカーにレンタル着物を手配したが、「はれのひ」騒ぎがあったばかりだし、不安は少々ある。
アパートの壁から水漏れがあった。業者が来てすぐに直してくれた。
アパートの唯一の暖房器具であるエアコンが壊れた。稼働しないので、めちゃくちゃ寒い。めちゃくちゃ重ね着をしている。業者手配中。
夫は元気。先日、魚民で飲んだ。彼女はできたか聞いたら、できない、できるわけない、と言っていた。夫はいいやつなのに、自己評価が低く、自己PRが下手なので、いつも損や苦労ばかりしている。

最近考えたこと。今後、もう、「吉田群青」名義で作品を発表しないことにしようと思っている。
ブログやツイッターはこの名義で続けていくと思うけれど、創作の分野では、「吉田群青」はいなくなった。今後出てくることもないだろう。

「明日の僕らも無事ならいいね」という歌集がある。
2016年につくった歌集だ。
つくっている最中に、最愛の祖母が逝去し、背骨を折られたような、主要な臓器をつぶされたような暗い衝撃を味わった。
急遽、祖母のことを題材にした短歌もつくったが、ちっとも練れておらず、プライベートな、甘々しい、未熟な部分が丸出しで恥ずかしい。本当は捨てたいんだけれども、結構な部数を刷ってしまったので捨てることもできない。

それを、文学フリマ京都で委託販売していただけることになった。
詳細はまたお知らせすることになろうが、これが「吉田群青」名義の最後の歌集となる。
増刷は予定していない。買ってくれとは言わない。立ち読みして下らないと笑ってくれてかまわない。
創作なんて、そもそもが、自己満足でくだらなくて青くさくて恥ずかしくて馬鹿みたいで後ろ暗くて滑稽なものだ。100書いたら98は駄作だ。だけど、残りの2の中に、わずかな光や祝福みたいなものが現れることがある。それを見たときに、100書いた労力も、98捨てた無念さも、疲労も眠気もすべて消え去ってしまう。救われたと思ってしまう。因果な習性だと思う。

酔った勢いでここまで書いたが、いい加減散漫になってきたのでここまでにしようと思う。
酔って文章なんか書くもんじゃないね。終わり。ひどく寒い。

 

2018.01.17 Wednesday 21:48 | 平常運行でしょうよ。 | comments(2) | trackbacks(0)

2017/12/20

さて、適当に書き継ぎます。

今朝は、5時に眼が覚めた。

いつからか、目覚ましなしでも自動的に6時半には眼が覚める体になってしまった。この家に引っ越してきてから、いや、もっと前から、きっと3年ぐらい前から、目覚ましを使っていない。

ただし、時々、リズムが狂って5時とか5時半に眼が覚めることがある。今日みたいに。

夢を見た。

ふわふわしたぬいぐるみのような緑色のものが泥の中に落ちているのを、父親と2人で笑いながら見ている夢。この頃、よく両親の夢を見る。両親といるときのわたしは高校生ぐらいだ。その年頃の記憶が一番、両親と一緒にいた実感が強いんだろう。

眼を開ける。8か月かけて徐々になじんできた天井がある。枕もとのリモコンを手で探ってエアコンをつける。この家には今のところエアコンしか暖房器具がない。伸びをする。布団からはみ出した腕が冷たくなる。そういえばわたしには腕ってものがあったよなあ、と改めて思い出す。

時計を確認し、布団から出て、浴槽に湯を溜める。早起きした朝は必ず長湯をする。眼を閉じてだらんと湯に浸かっているか、ぼろぼろの、濡れても惜しくない文庫本を湯に浸かりながら読むかする。汗が流れ始めたら体を流して上がる。それで大体6時半くらい。

髪を乾かす。髪を切りたい。いつでもわたしの髪は伸びすぎか増えすぎ、そうでなければ切りすぎか梳きすぎだ。ちょうどいいときがない。いつでもちょうどいい体毛の獣がうらやましい。

弁当を詰める。おかずは適当に作り置きしたものがいつも何種類か冷蔵庫に入っている。おにぎりも作り置きして冷凍してある。おかずが足りなければ適当に作る。卵をゆでたり、ピーマンと油揚げに、ほんだしとごま油と塩をかけて混ぜたものをレンジでチンしたり。

食べ物は別になんでもいい。見栄えやいろどりも特に求めない。適度に力が抜けたような、自分好みの味つけのものを、自分で握った曖昧な形のおにぎりと共にたべる。それで結構安らかだ。

弁当を詰めたらお湯を沸かしてコーヒーを飲む。白湯を飲む。そのあともう一度お湯を沸かして、紅茶をつくって水筒に詰める。弁当と水筒を弁当用のバッグに入れる。

化粧をして服を着て出勤する。朝は好きだ。どの季節でも、どんな天気でも、いつでも新しく美しい。

出勤してからは夕方まで仕事をして、たいていはひどく消耗して帰宅する。

具体的に何がというのではないが、頭の中の果肉の部分、栄養の凝縮している貴重な大切な部分が、いろんな人や些細な出来事によって、毎日少しずつこそぎ落とされていくような気がする。こそがれて減り続けて、しまいにはどうしようもなくなってしまう気がする。

あんまりにも消耗した日は、とことん深酒をするか、足があがらなくなるまでジムで走るかする。自分を一時的に徹底的に壊して、とがった破片だけの存在にしてしまって、あとは強制的に布団にくるまる。そのうちことんと眠りに落ちて、朝には元に戻っている。単純なのだ。

今日もそれなりに消耗したが、もらいものの柚子と一緒に風呂に入って、いい加減にやわらかくなったところを揉んだりつぶしたりほじくったり、小さい子がするように無心にいじくりまわしているうちに、だいぶ気持ちが晴れた。柚子のにおい。好きだ。

眠る前に時間があれば短歌を書く。1日に2首くらい。傑作なんてそうそうできない。今日2首書いて、昨日の2首を削除する。

大体そんな日常を過ごしている。

2017.12.20 Wednesday 23:18 | 平常運行でしょうよ。 | comments(2) | trackbacks(0)

2017/12/16

最後のブログを更新してから、11か月。

あれから色々あり、まるで、ぐるんと舞台転換したかのように、置かれている環境が変わった。

11か月のうちに何があったか、ということと、今どうなっているか、ということを、自分の中の整理も兼ねて書いてみたい。

 

夫と、離婚を前提として別居している。

長年積み重ねてきた不満であったり、繰り返されてきたすれ違いであったり、いろんなことが蓄積して、そのような運びとなったわけだが、直接のきっかけになったのは、PCの話だった。

家のPCの動作が重くなり、新しく買い替えようという話をしていた。そのときは、5年後も10年後も、この人とここに住んでいるんだろうと思っていた。

新しいPCはいいけど、セットアップが大変なんだよね、とわたしが言った。

そのとき使っていたPCのセットアップや配線は、入居当初、職もなく暇だったわたしが行ったのだ。

今は入居当初とは状況が違う。わたしは就職し、週5日勤務、23時すぎに帰宅する日もままあり、家事をするだけでいっぱいいっぱい、いや家事すらもできていないような状況だった。部屋という部屋は散らかりっぱなし、物は積み上がり、出しっぱなしの本や調味料の瓶やハガキが散乱し、ひどい有様だった。精一杯やってその状況だった。この上PCのセットアップなど、とてもできなかった。

夫はこともなげに、君、次の休みいつ?と聞いてきた。一緒にPCを買いに行く話かと思ったら、違った。

「PCはおれが買うから、次の休みに、君、セットアップとか全部やっといて。おれは仕事もあるし、そういうのできないから」

何かがすとん、と落ちた気がした。奇妙だが「腑に落ちた」という感覚が一番近かった。

ああ、そうか、と思った。この人はやりたくないことはやらないんだ、わたしにやらせるんだ。仕事をしているのはわたしだって同じなのに、休みの日は寝たいのに。

同時に、ある未来の光景が見えた。子どもができないまま老いたわたしたち。こんなはずではなかったと不満を抱きながら、夫の介護をするわたし。ゾッとした。こんな未来しかないのか、こんな未来しかないのだ、一緒にいたら、たぶん。

離婚という二文字が頭に浮かんでからは、それしか考えられなくなった。

離婚を切り出すと、夫は不思議そうな顔をした。わけがわからなかったんだろう、わたしもうまく説明できず、何度話し合っても、あのゾッとした感じを伝えることができなかった。

何を怒ってるの?と何度も聞かれた。怒っているんじゃなくて、このままだと確実にくる未来から逃げたいのだ。どうして?それを受け入れるのが夫婦でしょう?と言われた。

もし、それが夫婦なら、それを受け入れられないわたしは、夫婦をやめるべきなのだ。

夫が離婚に応じず、同居しているからうまく拒絶もできず、悶々としながら大嫌いな洗濯をしていたある日、天啓のようにひらめきがあった。

(出ていけばいいんだ)

はは、と笑い声が漏れた。救われたような気持だった。なんだ、そうだよ、簡単なことだ、出ていけばいいんだ。

幸い、引っ越しをするくらいの蓄えならあった。

その先は早かった。3月だったと思うが、適当な不動産屋さんに物件内覧希望の電話を入れ、見に行った最初の物件に決めた。その場で契約書を書いた。後日、振り込みをした。引っ越し業者を探すのに少し手間取ったが、無事に探し出し、あとはもくもくと荷造りをした。捨て続け、箱に詰め続け、ガムテープで封をし続けた。とっておこうか迷うものは全部捨てた。

引っ越しは、4月21日だった。夫は、ちょっと笑いながら、本気だと思わなかったよ、と言った。

 

あれから、8か月が経った。住んでいるのは学生向けのアパートで、狭くてあっという間に掃除が終わるところや、風呂・トイレ別で、風呂に追い炊き機能がついているところ、オートロックでモニターホンがついているところなどが気に入っている。入居しているのが学生ばかりなので、隣の部屋が信じられないほど騒がしいビンゴ大会をはじめたり、上の部屋がとんでもない時間に洗濯機を回したりする。とても愉快だ。ミニマムな無法地帯だ。30過ぎて与えられた自由だと思って、こちらも好きにやっている。

嫌いあっているわけではないので、夫と飲みに行くこともある。依然離婚には応じてもらえない。わたしが引っ越ししたあと、夫はマンションを買った。いつでも帰ってきてほしいと言われた。思い出すとかわいそうで、罪悪感で泣くこともある。

仕事は、4月に別部署へ異動した。その後、いろんなことがあって人が激しく入れ替わり、それに伴い、わたしの担当業務が増えたり変わったり、もしかしたら昇進の可能性も出てきている。異動してから、帰宅が23時を過ぎることはそうそうなくなった。毎朝水筒に温かい紅茶を詰め、弁当を作って持っていっている。

恋愛について、好きな人がいない、と言ったら嘘になる。わたしは望みがあろうとなかろうと、絶えず誰かに恋をしている。

恋というのは、楽しいからするのであって、つらい思いまでしてするものではない。つらい恋というのは恋ではなく、ただの執着だと思う。思い詰めず深刻にならず、いつも軽やかに誰かを恋しく思う。真冬に真夏を思うように、雨上がりの虹を思い出すように。

一人で町を歩けば寂しいが、ぜひとも誰かと一緒にいたいというわけでもない。

何故かクリスマスイブは仕事が休みなので、いっそクリスマスとは無関係な、浅草の寄席にでも行こうかと考えている。

 

近況としてはこんなところです。まとめて書いたら長くなった、ごめんね。

わたしの近況を知っている人には、普通はそんなことしないしできない、女が一人で生きていくのは大変なんだから、と言われました。普通は我慢するものなのでしょうか。老いるまで?死ぬまで?「女が一人で生きていくのは大変」という単なる思い込みで、一回もやってみようともしないで?こんなはずじゃなかったって不機嫌に生きていくの?もしそうだとしたら、わたしにとっては普通こそ異常です。

 

この話はわたしの側から書いたものなので、自己保身して、自分のいいように話を変えている部分や、思い違いして書いている部分などがあると思います。わざと書かなかった話もあります。

わたしはどちらかと言えばクズです。夫はいいやつです。不器用で要領が悪くて優柔不断だけど、底なしに優しくて思いやりがあるいいやつです。8年も一緒にいたんだ、腹の底から理解しています。今日書いたこれが夫を貶めていないことを切に願います。

2017.12.16 Saturday 23:44 | 平常運行でしょうよ。 | comments(6) | trackbacks(0)

2017/1/16

全然でした。全然ブログ書けない。すいません…。たはは。


1月15日。
厄除けのため妹と深大寺へ。
厄除け…十代の頃に一度受けたきりだな…と思いながら本堂で正座して受けたが、御祈祷を聴いている間は、なんだか心が空っぽになったようで、躰が外殻だけになったようで、本当に、なんというか凄まじい体験だった。
魂を遠くへ飛ばされたようだ。心が洗われたようだ。

厄除けの後は妹宅に泊まり、悩み相談などして就寝。夢をみた。妹に女の幽霊が憑いていて、その幽霊を怒りながら殴る、という夢だった。あいつ…頬めっちゃ赤くなってたな…えっ幽霊でも頬赤くなるんだ…って思った。あとめっちゃびっくりした顔してた…。
幽霊に対しては、夢の中で「妹に迷惑かけんな!!つくならわたしにつけや!!!バカが!!!!」と言ったから、わたしに憑いてきてるかもなー、とは思う。まあ、もし再度夢に出てきたとしても、また殴るけどね。普通に。殴られたいなら出てくればいいし、何回でも殴るわ。暴力沙汰スタイル。


1月16日。妹宅を昼ごろ出て、帰宅。その後病院へ。病院の後は、JRチケット購入のためみどりの窓口へ。
週末に山形へ行くので。山形で開催される映画祭へ行くので。

うん、最強寒波の影響でまじで洒落にならんくらいの豪雪だということは理解している。現地に問合せて、現地の人からも「雪がすごいので…」と言われた。でもしかたないよね。行きたいんだもん。行きたいし、行くことができるんだもん。そりゃ行くよね。
山形で凍死しないために、アウトドア用上着の購入を検討している。ノースフェイスか、なんか、そこらあたり。仕事帰りに見に行こうと思う。
夜、居酒屋で夫と話し合いを行った。いろいろなことがある。いろいろなことがあるなかで、わたしたちはすれ違っている。
 

2017.01.16 Monday 23:53 | 平常運行でしょうよ。 | comments(0) | trackbacks(0)

2017/1/12


明けましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

年末から年始にかけての記憶が曖昧で、何をしていたのかよく思い出せない。
確か年末は3つくらいの忘年会に参加したんだった。それとは別に、新しく仕事で知り合った人たちと食事に行ったり、飲みに行ったりもしていた。大掃除はしなかった。年末休みになってすぐ実家に帰り、年越しをし、元旦は八ヶ岳へスノボに行き、そうしているうちにあっという間に仕事始めの日となって、その後しばらく休みなしで勤続した。
ようやくとれた休日には壊れたように眠り続け、ようやく今日、我に返ったような心持ち。
元気ではある。英会話も続けているし、体調面も問題ない。妹は結婚した。停滞している案件もなく、日々はさらさらと流れていく。毎日がすごく早く過ぎていくような気持ちだ。わたしの人生に、わたし一人が乗り遅れているような心境だ。

ああ、初詣まだ行っていないな。

さて、今年の目標は「不要なものは捨てる」だ。とにかく要らないものは捨てて、風通しのいい場所で自由になりたいものだ。
あと、山登りとか始めたい。
ふと職場で暇になったとき、隣にいた先輩にうわごとのように「先輩…山登り…始めたい…わたし…今年」と言ったら「は?吉田お前マジ…ゾッとすんだけど…それ以上また何か新しく始めんの?どうなりたいの?死ぬ気か?」と言われた。
「いやいや…ほっといたって人は死ぬじゃないですか。すぐですよ。すぐ死にますよ、わたしなんて。だから死ぬまでの間にやりたいことはやっときたいんすよ。そういう心境です」と説明したら「お?なんだ?ロックンロールか?」と言われた。
マジかよ先輩なにそれ…名言かよ…(気に入った)

ということでわたしは元気です。みんなも元気で。
(できれば)明日から通常通り更新再開します(したいと思っています。本当です。本当に気持ちはあります)。
みんなも元気で。(2回目)

2017.01.12 Thursday 22:21 | 平常運行でしょうよ。 | comments(0) | trackbacks(0)

2016/12/19


なぜか朝4時半起床。それきり眠れず。
なにをしていいかわからず、ぼんやりしていた。白湯3杯。
今日は午前中病院。先月末の大腸内視鏡検査の結果を聞きに行く。午後英会話。
10時、病院。月曜だからか混んでいた。暗色系の上着でふくらまった人々がみっしりと。みんなどこか故障している人たちだ。
外科の診察室に行き、結果聞く。大腸内に出血がみられるような異常はないとのこと。痔、確定である。くそう…。
その後「ちょっと見てみましょうね」って診察され、いつものように、ぐっ…ぐふぅう…となる。こんなん慣れるわけないやんけ。
薬を出され、会計をし、帰路につく。
帰宅途中、なんだかぼんやりしたくなったため、公園に寄り、ベンチに座って30分くらい空を見ていた。
12時、帰宅。
洗濯し、掃除し、皿洗いし、布団干す。
その合間に今日の英会話の予習復習。
洗濯干す。布団とりこむ。
14時、英会話に出かける。
今日の先生はダニエル。会うのは2回目。ドイツ出身の先生だが、くるくる表情が変わるコミカルな先生だ。今日は、道案内の仕方など教わった。
「たった3つの言葉を知ってれば道案内はできる。なんだと思う?」と聞かれ、「あ、えーと、go...straight...and...turn left ...and...turn right?」と答えてみたら、「perfect!」と褒めてもらった。先生たちはものすごく褒めてくれるから、わたしも褒め言葉はたくさん覚えた。
good,very good,exactly,well done,nice,great,brilliantなど。
英会話はまだまだだが、人を褒めるのは不自由しないと思う。

英会話後、ジムに行こうと思ったがなんだかへとへとで、やめる。たぶん今日早起きしすぎたせいだな。
新しい名刺入れ買う。仕事用のカバンとプライベート用のカバン、どっちにも名刺を入れておきたいので。コルク地にシルバーが混じったようなおもしろいのを見つけて、すかさず購入。
カフェでクラムチャウダーとコーヒーのんですこし休んだ。
明日は仕事だ。

2016.12.19 Monday 22:13 | 平常運行でしょうよ。 | comments(0) | trackbacks(0)

2016/12/18


朝7時起床。今日は午後から英会話。その後ショッピングの予定。
ボーナスが出たのでね。前から欲しかったアイスウォッチの黒いやつと、新しいパンツスーツを買おうと思う。
スーツは、黒いのと夏用のしか持ってなくて、新たにもう少しカジュアルなスーツも欲しくなって。
研修に行ったりすることもあるので。ベージュとか茶色いスーツがいいかなあ。
わたしはどうやらでかくて威圧感があるので、暗い色のスーツを着ていると恐いと思われるようなのだ。
13時45分、英会話。今日はリアという女性の先生。あまり口を開けずに喋るので、「One more please?」とか「Sorry,I didn't catch it...Could you repeat that please?」とか言ってばかりだった。わたしの耳と彼女の口は相性がよくないのかしらん。
英会話後、さらりと時計買い、さらりとスーツを買った。落ち着いた茶系のパンツスーツがあったのでそれにした。
試着は必ずするが、わたしは服を着るのも早ければ脱ぐのも早いし決めるのも早いから、試着して出て「これ購入します」と言うと、店員さんに(えっ、決めるの早っ)みたいな顔をされる。
服でもなんでもモタモタ悩むのが好きじゃない。欲しいものがあれば買うし、なければ買わない。とてもシンプル。シンプルな方が生きやすい。

買い物後、空腹だったので、蕎麦屋で天ぷらあんかけ蕎麦をたべた。
近くの席に座ってたおじいさんが、うどんとミニ丼のセットを注文して、店員さんに「セットをご注文の方はうどんの量が無料で増やせますが、どうしますか?」と聞かれて、「えっ!うどん増やせるの?ほんと?いいの?ありがとう!嬉しいなあ!うどん増やしてください!」ってすごく嬉しそうに言っていた。ほのぼの…(キュン…)。

帰宅。飲む。飲みながらキムチ鍋作ってたべて寝た。

2016.12.18 Sunday 23:16 | 平常運行でしょうよ。 | comments(0) | trackbacks(0)

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