スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2017.01.17 Tuesday | - | - | -

夏のはじめの夜気は
ちいさなゆびのように
袖から襟から無遠慮に
わたしをさわり なでくりまわす
風にも指紋はあるのだろうか
夏を越えるたび
わたしの肌はだんだんと艶をなくしてゆくのだ

信号はみんな青だった
まっくろな路面は
真夜中の廊下みたいに
夢や不可解な数式や
ひかりの切れ端を混ぜくたにしながら
ごうごうと流れていた

こんな夜だ
横断歩道のすきまから
呼び声みたいに
極彩色の森が萌えいでて
不意にわたしを呑み込もうとするのは

足早に駈けていこうとして転んだ
なにもかも
すでに始まってしまっていて
呑み込まれたくないから
わたし
小さな茨の木になってしまう
2014.10.07 Tuesday 23:32 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

夕暮れのショベル

body

夕暮れ
さくらいろの汐が
ひたひたと満ちてくる交差点の真ん中で
むすこが銀のショベルを振るっている
わたしはそれを
すこし離れた場所から見ている

ねえ なに掘ってんの

ぼくがむかし住んでた町がこのしたにうまっているんだよ

ねえ 帰らないの おもちゃ買ってやるよ まんがも

むすこは振り返らなかった
むすこの背中はちいさくて青い
あれがわたしのむすこでないなら
実際ちっぽけな水棲生物にしか見えないのだが

しかしあれがわたしのむすこだと
わたしが知ったのはいつだろう

むすこのショベルはアスファルトをへぐり土を穿ち
だんだんと深くなりはじめている
ほんのこぶしほどの大きさの穴からは
すでにもう
地底の闇の色が
黒よりもくろぐろとあふれだしてきていた

なんだか所在なくて
ポケットからたばこを取出し火を点ける
むすこが振り返り笑う

おかあさんあなたはいつも自堕落だねえ
ぼくのむすめだったころからそうだった
ぼくはずいぶんこまったんだよ

言われればそんな気もしてくる
交差点の真ん中で
すでに汐はくるぶしに達した
ぬるい潮騒をとおく聞きながら
むすこはせっせと掘り続けている
そこにかつての家はあるんだろうか
寝室も石窯も暖炉もあって
庭には鶏が走り回っているだろうか

辺りは夕闇が濃くなってきて
わたしたちの肌はだんだんと
音もなく沈むようにくろずんでゆく
 
2014.09.03 Wednesday 21:23 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

たぶん殻の色は蛍光緑とか

夫が背中の痛みを初めて訴えたのは
そろそろ春になりかけている夜だった
指を這わせると
確かに右肺の裏辺りが
ほかの部分よりこんもりと盛り上がり
そこだけ異様に固くなっていた
筋肉や瘤とは違うようだった

それが卵だと知ったのは
いつだったろうか
夜明けにふと撫ぜたときに
熱を持つそれが脈打っていたときか
それとも耳を当てたときに
かすかに気泡の爆ぜるような音がきこえたときか

いずれにせよそれは卵で
夫の中で健やかに生きており
なおかつ孵化に向けて
ちゃくちゃくと準備を進めているのだった

いったいどこで孕んできたのだろう
頻繁に裏路地や飲み屋街に出入りしているから
そこで何らかの生き物と関係を持ったのかもしれないが

そんなことよりも今は栄養が第一なので
食べたがるものを食べたがるだけあたえている
にもかかわらず夫は痩せはじめ
背中ばかりが膨らんでゆく

夏が過ぎる頃にうまれると聞いた
夫は苦しそうにうつ伏せで寝ている

何枚目かの食パンを焼いている
このところの夫は
バター・トースト以外は受け付けない

何故わたしではなく夫なのか
何がうまれてしまうのか
なにひとつ答えのでないまま
不可解にもわたしたちの生活はつづく



 
2014.08.30 Saturday 03:18 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

P.S.彼方より

すがすがしい雨の中で
呼吸がしやすくている
夜のうちに大気中に漂っていた
あらゆるにおいは
華やかに地に落ちて
殺風景な路上をいろどっている

昨夜バルでチーズをたべすぎたので
手足が少し牛じみてしまった
鉛筆をうまくもてないため
手紙を書くのは諦めた

こちらに来てからの空は
いつもどんより曇っている
なんだか緞帳みたいな雲だから
そのうち幕があいて
素敵な舞台が始まりそうな気がして
つい空ばかり見つめてしまう

肥ってしまって
そちらから持ってきた服はもう着られない
あたらしい服を何着か買った
この町には売っているのはなぜか紺色の服ばかりだ
あらゆるひとたちがみんな紺の服を着ているから
遠くから見ると
小さな夜の群れみたいに見える
わたしも夜の群れに加わる

仕事を見つけた
旗をつくる仕事
薄いぺなぺなの生地で
三角の旗を縫ってずっとつなげてゆく仕事
毎晩顔の青白い男が来て
できあがった旗と引き替えに
銅貨を置いてゆく
できあがった旗は
サーカスや幼稚園に売られるそうだが
詳しくは知らない

夜には
同居している幽霊と向かい合って
パンやきゃべつをたべる
わたしの幽霊は
生前は肥った女優だったそうで
やさしい
夕飯がたりなさそうなときには
まとっている冷気のうちで
特に脂肪分の多いところをわけてくれる

眠りにおちる前
君のことを考える

君のことばかり考えている
 

2014.08.28 Thursday 21:41 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

健康診断の二週間前

間もなく健康診断なので
時間が空いたら
物陰で靴を脱ぎ
つまさきにたまった砂を捨てるようにしている
海に行ったことも
海にいた頃の記憶も殆どないのに
夕暮れ
わたしの浮腫んだつまさきには
何故か砂ばかりたまるのだ

わたしがあまり頻繁に砂を捨てるものだから
オフィスの隅は
だんだん砂浜じみてきた
隙間からやってきた
あらゆる小さなかにたちが住み着き
朝には
手紙の入った小瓶が流れ着いていたり
船乗りたちの足跡が残されていたりする

このごろは夜のうちに
フロア全体に
波がひたひた打ち寄せたりもするらしい
泳げない夜間警備係が
酸素ボンベを背負って巡回するようになった

 
2014.08.25 Monday 23:14 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

深夜に音楽を聴くとき

深夜に音楽を聴くとき
あまり深くイヤフォンを
耳にさしこまないよう気をつける

濁っていたり 冷たかったり 澄んでいたり
ぬるかったり 甘かったり にがかったり
さまざまなかたちを持ちながら
旋律はわたしの闇をめがけて
静かにすべりこんでくるのだが
それはわたしにすべりこんだ瞬間
旋律というより
わたしと同じ酸度と明度を持った水に変わるので
油断すると内側から
だんだん満ちてきてしまうので
満ちてしまうとわたしのなかには
海ができ大陸ができ生命が生まれて
闇がひとつもなくなって
美しく果てしなくなってしまうので

逃げ場所をほんの少し
どこかにつくっておくことにしている
たとえば加減してさしこんだ
イヤフォンと耳孔のあいだの
三日月型の細い隙間
とか

そして
音楽を聴き終えたとき
からだじゅうが
赤くなって
ひりひり痛むことに気づく

すべりこんできた音楽が
わたしのなかを駆け廻り
そしてついに離れるとき
鋭利な尻尾で
わずかに傷をつけてゆくのだろう
その傷に
汗や濃霧や虹や思い出が
滲みるのだろうと思うが

撫でさすると
赤が紫になり青になり
やがては茶色になってしまうから
なんだかどんどん
錆びてゆくみたいだ
だんだん
鈍感になってゆくみたいだ







 
2014.08.24 Sunday 03:05 | シ# | comments(1) | trackbacks(0)

ふと風を待つとき


風通しのよい商店街に住んでいる
やわらかい靴を履き
だらだら続く昼間をあるく
洗剤とピーナツ・バターを買って
それからあと
色鮮やかな小鳥を一羽
買おうかどうしようか迷って買わない

ワンツースリーで花を出すときみたいに
思い切った調子で横断歩道を渡る
わたしは繰り返し
展開し収束し展開する
しろっぽい昼間の太陽と月とが
だまって視界の端に貼りついている

そしてある朝ついに
わたしはわたしのなかの言葉を
日めくりをめくるみたいに惜しみなく
道に点々とばらまいてしまうことに決める
その行為をおこなう右手は
熱を持ってあついはずだ
わたしの歩いたあとは
四角い紙片で埋め尽くされて
うつくしいかどうかは知らない
ただ
からっぽになる日は近い
からっぽになる日は近いと思う
翼を持たないわれわれが飛ぶには
なるべく身を軽くして
不意に強い風が吹くときを
待つくらいしか方法がない



 
2014.08.23 Saturday 03:45 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

花と羊


体温で湿った毛布の下は
ぼったりした花のなかに似て
あまいにおいがしてくるしい
わたしは小さな虫みたいに
喜んで閉じ込められてゆく

横たわると口をあける
わたしのまっくろい宇宙の
その彼方から発した火花は
あおじろく窓ガラスを伝ってきて
なんらかの書き置きみたいに
枕に焦げあとを残して消える

ところでわたしの枕は羊なので
いつでも逃げだすことができるのだが
一度も逃げたことはない
わたしの羊は寛容で
いつもしずかに薄汚れている

どのみち寝室には誰もいない
花瓶に水を満たしかねたまま
わたしもいなくなってゆく

毎晩
枕に乾草をあたえる

わたしの枕は羊で
やさしい
気付くと草原の夢をみている
 
2014.08.17 Sunday 02:07 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

見つめ合う時期はとっくに過ぎたが

例えばきみがいなくなったら
僕はどこを探せばいいのか
朝食の席で
最後までとっておいた目玉焼きの黄身を
慎重に箸で挟みあげながら
あなたが言った

わたしはいなくならないよ
わたしがいなくなったとしたら
それはもうどこを探しても
どこにもいないということだよ
味噌汁の最後のひとくちを飲む前に
わたしはそう答えた

とは言え
例えばあなたがいなくなったら
わたしは
毎日あなたが使っている
流水模様のその飯茶碗の底まで
もしやと思いながら覗き込まずにはいられないだろうし
或いは食器かごの中に伏せてある
あなたのお湯呑の高台の縁にまで眼を這わせて
あなたがそこに座ってやしないかと
探し続けるのをやめられないだろう

わたしたちはみな誰もが
星のようなもので
光を放ち続けながら
落ち
あるいは急速に燃え尽きて
それでもそこに残るのだ
冷えた残骸は残るのだ

あなたがいってしまった
朝食の後
静まり返る台所が嫌いだ




 
2014.08.14 Thursday 02:40 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

長いことタオルの隅っこを噛みながらでないと眠れなかった


銀座の松屋に着ていくよそゆきを
持っていないのとおんなじに
夜中の野原を歩くのにふさわしい服を
いまのわたしは持っていない

それはできればざっくりとした
風通しのよい麻のような
どこにもしめつけるゴムのなく
種などくっつけて帰れるよう
適度に乾いて毛羽立っている
そんなような服がいい

そんなような服を一時期だけ
わたしは着ていたことがある
それはおさない頃の夏用の寝巻で
野原にうってつけだった
着せてもらってねむると
非常にしばしば
どこか遠い
夜中の野原の真ん中で
ぽつんと目覚めたものだった
そのとき額にひんやりかかる
湿った髪は月のにおいがし
からだじゅう夜露に濡れていたが
風通しのよい寝巻のおかげで
じきさらさらに乾くのであった

たいていはもう一度ねむると家に戻った
戻っていないこともあったが

戻っていないときは近くの駅で
首にぶらさげた定期を見せれば
家に着く列車に乗れるのだった
一時期のわたしはお守りのように
定期を肌身離さず首からぶら下げていたものだ

やがて
日陰で人知れず伸びる
ホワイトアスパラガスみたいに
わたしは
誰にも知られないままに
ひっそり腕や脚や腰を伸ばし

おまえの夏用の布団にはどうしてまあ
こんなにも草の種やら青い葉っぱやらが沢山くっつかるんだろうねえ

母が何度目かに嘆いた初秋の夕べ
わたしは完全に隅々まで
どこも破らずに自分を伸ばしきることに成功し
やがてひとりでねむることも
たりないものを泣かずにがまんすることも覚え

月光の真下
銀色の鉄塔
駅でぼんやり終電を待つ
しきりに呼ばれているような気がするけれど
振り返らない
夜中の野原にはもう行かない
行こうと思えば行かれるのだが

いまのわたしの手の中にはもう
行きの切符があるばかりで
帰りの定期はどこにもないのだ


 
2014.08.14 Thursday 01:52 | シ# | comments(0) | trackbacks(0)

Sponsored Links