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2017.01.17 Tuesday | - | - | -

Do you remember,




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此の頃はあまり夫と話をしない。喧嘩をしているわけではない。ただ、話さない。黙って、居る。二人で。
わたしは洗濯物を不器用に畳んだり(ちゃんとした畳みかたを知らないのだ)、本をよんだりアイロンを掛けたりしている。
夫は計算機で始終なにかを計算している。夫は計算機に詳しい。MRとか√とか、そういう押したらどうなるのかよくわからない釦をカチャカチャカチャッとすばやく叩いて、出た答えを見つめてため息をついたりしている。
何を計算しているのかは知らない。
さみしいから夫の背面から密着する。何の計算をしているのか聞く。
夫曰く、生きていると様々な答えを出さなければならない、らしい。
わたしは夫の計算している答えのうち、一つぐらいしかわからない。いや、もしかしたら一つもわからないかも知れない。わたしは計算が苦手だ。正しい答えを出せたことなんか一度もないような気がする。
ねえ、わたしたちが友達から恋人へなったのは今日みたいな日だったねえ。雨が降りそうで、緑が美しくて。わたしは言う。夫はこちらを見る。その眼は黒い。黒眼と白眼の境目が、いやにくっきりしていて、曖昧なところがない。君は言う事も生き方もなんだかぼわぼわして抽象的だねえ。アンリ・ルソーの絵みたいに。苦笑しながら夫は言う。そうかもしれない。わたしはしょげる。夜が更けてゆく。


夕暮れ、買い物袋を提げて墓地の前で立ち止まった。思い出したのだった。何をかというと、つまり、昔のこと。もう少し具体的にいえば、わたしは昔、独りで自転車にのってお墓に行くことが多かったということ。

なぜかというとそれは、なんというか、今でもあまりかわりないのだが、わたしには友達があまり居ない。ずいぶん長い間居ないので、もうそれが当たり前になってしまった。
まあそれはどうでもいいんだけど、わたしは小さい頃から、『自分の行くべき場所』というものがよくわからなかった。同級生たちは休みの日になれば連れだってどこかへ出掛けて行く。だけどわたしはどこへ行けばいいのかわからない。家にいるのもつまらない。
お墓へ行ったのはそうした時だった。
人さらいが出るから危ないところへいってはならないと祖母や母から何度も聞いていたから、人さらいがいなそうなところでなおかつ、安全なところを考えたら、祖父の墓がある墓地しか思いつかなかったのだった。
墓地へ行くと、偽物みたいに白い観音様が建っていて、お金を入れる穴があいている。そこへ十円入れると、あーきのゆーうーひーにー、と歌が流れる。オフセというもので作ったのだと聞いていた。別に面白くもなかったが、墓地へ行った時には必ず十円入れて、その歌を聞いた。なぜか変に悲しい気分だったような気がする。
それから祖父の墓の前に行って、お墓を水で洗う。洗い終えたら、手を合わせて、「わたしは元気です。学校はつまらないです」と必ず念じた。それを終えたら、いろいろなお墓を見て回り、飽きたら帰った。祖父のことは長いこと、忘れなかったし、小学校を卒業するまでは墓地に通い続けていた。祖母は、そんなわたしのことを、キツネに魅入られたとか、いい子だからじいさまが会いたがっているんだろうとか言っていた。

そんなことをふと思い出して、立ち止まったのだった。夕暮れは淋しい。淋しくてつい昔のことを思い出してしまう。


何かいろいろ長たらしく書きましたけれども、わたくし一応元気という体裁をとっています。
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ああ、まだ死にたくないなあ。

2009.06.04 Thursday 23:43 | 平常運行でしょうよ。 | - | -

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2017.01.17 Tuesday 23:43 | - | - | -

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