2018/6/4

夜行バスに乗り、上高地、というところに行くことにしました。
上高地(かみこうち)とは、長野県西部の飛騨山脈南部の梓川上流の景勝地である。中部山岳国立公園の一部ともなっており、国の文化財(特別名勝・特別天然記念物)に指定されている。標高約1,500m。全域が松本市に属する。「かみこうち」の名称は本来「神垣内」の漢字表記だが、後に現在の「上高地」の漢字表記が一般的となった。「神垣内」とは、穂高神社の祭神・「穂高見命」(ほたかみのみこと)が穂高岳に降臨し、この地(穂高神社奥宮と明神池)で祀られていることに由来する。
温泉があり、穂高連峰や槍ヶ岳の登山基地ともなっている。
というのはウィキペディアからの引用。何を持ってくればよいかわからなくて、着替えと雨具とタオルばかり持ってきてしまった。どうもまだ山やハイキングに慣れずにいます。

バスタ新宿を初めて使いました。夜行バスは22時25分発、上高地には朝5時頃着予定。 先ほど談合坂サービスエリアでいったん休憩がありました。いまはどこなんだろう。とにかく高速を走っていることは間違いありません。乗り合わせた乗客の皆さんはみなおとなしく礼儀正しく、ひとりだけ、さっきから袋をガサガサさせて、なにかやわらかそうなもの、、、チータラとかいかくんとかそんな類のもの、、、を食べている人がいる以外は静かです。あちこちで安らかな寝息が聞こえます。思ったより快適です。

色々、いろいろ、色々なことがあり、一時的に腐ったりねじくれたり縮こまったりする日々です。つらい。具体的に何がつらいのか明確に言えないのですが、霧ほど小さなガラスのかけらに絶え間なく皮膚を傷つけられているような、見えないくらい小さな虫にちくちくと体全体を噛まれているような、ひとつひとつはとるにたらないほどの小さなことが積み重なって痛みを感じているような、そんなつらさです。
それでも幼い頃は、目を閉じれば、頭の中に何種類もの王国が存在していて、わたしはどこにでも行けて、何にでもなれたし、好きなように生きて死ぬことができました。毎晩違う人生を生きていました。ここではないどこかに行きたい時は、目を閉じさえすればよかった。
だけど、想像力とは、加齢とともに衰えてしまうようで、いつの間にか、目を閉じても、わたしはわたし以外の何者にもなれなくなりました。
こうしてわたしは、わたしとして生きるしかなくなり、どこかへ行きたければ目を開けて、実在する場所へ、二本の足で行くしかなくなってしまったのです。
魔法を使えるわけでもなく、超人的な体力があるわけでもなく、優れた頭脳を持つわけでもないわたしが、たかが知れた旅をする。それもそれで、悪くないものです。ちっぽけで地味で、どこへ行くにせよ、一回一回が唯一の、わたしだけが持てる愛すべき旅です。

さて何を書いているのやらわからなくなってきましたし、零時を過ぎました。

すこし眠らなければ。

2018.06.05 Tuesday 00:00 | - | comments(0) | trackbacks(0)

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